SF・ミーツ・ドキュメンタリー!

「メイキング・オブ・私を愛したスパイ」

SF映画研究家 Dr.G.Hotter(G・ホッター)

007シリーズも最新作の「ノー・タイム・トゥダイ」で25作目ですか。そうですか。番外編で他のプロダクションが製作した「カジノ・ロワイヤル(←古い方デヴィッド・ニーヴン主演)」「ネバーセイ・ネバーアゲイン(ショーン・コネリー主演)」も含めると27作もあるから感慨深い。言わずとしれたイアン・フレミング原作のスパイ映画の事である。ジェームズ・ボンド=007は「ゼロゼロセブン」ではなく「ダブルオーセブン」と映画の中の呼び方でお願い。さて新作も6代目ボンドのダニエル・クレイグが続投してカジノ・ロワイヤル(←新しい方)から数えると5作目になるからすっかりボンド役が板についた感がある。当初は悪役面でミスキャスト、金髪じゃないか、マニュアル車を運転出来ないのにとか散々言われてたけど、「カジノ・ロワイヤル」でボンド役に向いてる事を証明してそういう輩をみんな黙らせた。
ジェームズ・ボンドを引き受けるのは大変なのである。歴代ボンドは初代ショーン・コネリー、二代目ジョージ・レーゼンビー(←知ってる?)、三代目ロジャー・ムーア、四代目ティモシー・ダルトン(←知ってる?)、5代目ピアース・ブロスナン。この内、1、2作で降板となった方々はまぁそういう事だ。前置きが長くなったが第10作目「私を愛したスパイ」である。

この作品は様々な意味でエポックメイキングであり尚かつこの「私を愛したスパイ」と次作「ムーンレイカー」がシリーズの中で屈指のSF要素の強いものであるからここで紹介するのにピッタリンコなのである。前者は海底、後者は宇宙を舞台にしている事からスケールの大きさも半端ない。
私を愛したスパイは興行的にも大ヒットしたしシリーズの中でも傑作の部類に入るだろう。監督は「007は2度死ぬ」も手掛けたルイス・ギルバート。シリーズ10作目+完全オリジナルストーリーで映画化された初の作品である。三代目ボンド、ロジャー・ムーアの出世作であり初代ボンド、コネリーのニヒルでハンサムなボンド像をユーモアたっぷりでコミカルな味のアヒルでハムサンドなムーアが覆す事に成功し、その後ボンド役を定着させた重要な作品でもある。あらすじは簡単に言うと「消えた英国、ソ連の潜水艦をボンドとソ連の諜報員トリプルXが協力して探し出す」というものだ。しかもそのソ連の諜報員がボンドガールという斬新な設定。いつものように水着でチャラ〜っとボンドを誘惑する訳でもない。そして今回の悪役(ラスボスではなく殺し屋)は007映画史上最もインパクトのある2m18cmの巨漢+鋼鉄の歯を持つ男ジョーズ(リチャード・キール)である。この男がボンドの行く先々に現れ執拗に鋼鉄の歯で噛みついてくる。そしてダイ・ハードのブルース・ウィリスの如く不死身なのだ。いつもの殺し屋のようにコロリとやられない、しかもあまりにこのキャラクターが受けすぎて次作「ムーンレイカー」にも再登場した。ボンドガールは先述の通り名前はXXXとエロいが脱ぐことはなく、バキバキの諜報員としてボンドとやり合う。演じるバーバラ・バック(リンゴ・スターの奥さん)もインテリ風でセクシーというドハマリな配役。そしてボンド映画のSF的要素を担うスパイの秘密兵器だがこのシリーズではボンドが使用する車(ボンドカー)にワクワクするようなガジェットが満載で我々ファンを楽しませてくれる。今回は荒唐無稽さに磨きがかかった水陸両用のスーパーカー、ロータス・エスプリ(S1シリーズ)が登場。それまでアストンマーチン社製の車等を使用していたボンド映画が英国の誇るスポーツカーメーカー、コーリン・チャップマン率いるロータス社製の車を出してきた。ロータスはスーパーセブン、ヨーロッパ、エラン等の名車を世に出してきた事からもわかる通りライトウェイトスポーツを得意とする、車好きにはたまらんちんのメーカー。そのロータスが豪華なラグジュアリースポーツとして満を持して投入してきたのがこの流線形のカッチョいい車、エスプリなのだ!4気筒なのにこのパワー!デザインしたのはあのジウジアーロ!映画「プリティ・ウーマン」でもリチャード・ギアが乗ってる!そしてこの映画では海に落ちたエスプリが潜水艇に変形、ミサイル、魚雷等も搭載し大活躍する。何というデタラメで素晴らしすぎる設定。我々80年代青春(アオハル)世代(←いくつなの?)は007映画といえばコレ!になってしまうのは当然なのである。ラスボスのいる敵のアジト「アトランティス」がタコのような形をした海底の要塞というのも斬新だし殺し屋の1人としてスタークラッシュ等のB級映画のヒロイン、キャロライン・マンローを起用してるのも素晴らしい。ヘリでボンドを追っかけてきてミサイルで撃墜されちゃうんだけど…。そゆことだから最新作もいいけどコレを観てくださいよ。

「メイキング・オブ・私を愛したスパイ」にはいかにしてこの傑作が作られたのか様々な苦労話が監督やプロダクションデザイナー等によって語られている。プロデューサーの降板劇、監督の交代、訴訟によって改変せざるを得なかった脚本、スキーチェイスを経て崖からダイビングする有名なシーンでは天候などの影響で1回しか撮影のチャンスが無かった為、複数のカメラが用意されたが殆どは被写体を捉えることが出来ず、たった1台だけがそれに成功したエピソード、タンカーのミニチュアは20メートルにも及ぶものだった事、ジョーズの鋼鉄の歯は痛くて長くつけている事が出来ず1回の装着時間は35秒だった事、ボンドカーのロータス・エスプリは潜水艇となる設定だった事もあり様々な仕様で何と7台も用意しなければならなかった事、巨大なセットに上手く照明を当てられず撮影監督が巨匠スタンリー・キューブリックに相談しアドヴァイスを受けた事等、様々な障壁を乗り越え製作されたとの事。そうして1977年7月7日(7並び)この作品は公開された。007映画の主題歌は通常、映画タイトルそのものが曲名になっているがカーリー・サイモンの歌う主題歌は「The Spy Who Loved Me」(私を愛したスパイ)ではなく「Nobody Does It Better」(誰もこれほど上手くできない)で、図らずもこの映画の制作過程をよく表していた。

「メイキング・オブ・私を愛したスパイ」40分
監督ジョン・コーク
出演ロジャー・ムーア、ルイス・ギルバート、ケン・アダム他
「私を愛したスパイ」DVD、blu-rayに収録