うらやすドキュメンタリーテークvol.13「台湾人生」酒井充子監督によるトークショー

うらやすドキュメンタリーテークvol.13「台湾人生」トークショーの様子2月20日、上映会を通じて初の満員御礼の熱気冷めやらぬ中、上映終了後に監督の酒井充子さんによるトークショーが行われました。
トーク後の質疑応答では、戦後台湾から帰国された方からの質問などもあり、大変活発な意見交換が行われました。

もともと北海道で新聞記者をされていた酒井さんですが、戦時中に台湾で日本語教育を受けた人々について、以前から関心があったわけではなかったそうです。

「初めて台湾を訪れたのは1998年。ツァイ・ミン・リャン監督作品などの台湾映画が好きで観光目的で台北に行ったんですが、(ホウ・シャオシェン監督の「非情城市」のロケ地でも有名な)九份という町を訪れ、台北に戻るバス停でバスを待っていた際、向かいに住む家から出てきたおじいちゃんに会ったのがきっかけでした。」

「そのおじいちゃんは、バスを待つ3~4分の間に、『戦時中に通っていた公学校(小学校)でかわいがってくれた日本人先生がいて、戦後、日本に戻ってしまって連絡先がわからないままだが、また会いたいと思っている。』と、大変流暢な日本語で話してくれました。」

小さな出会いだったにもかかわらず、戦後50年以上経ってもそうした想いを持ち続けていることに心を打たれ、台湾とはどういう国なのか、帰国後、調べ始めたそうです。

「当初は、台湾について一冊の本が書ければいいと思っていましたが、新聞社で文化担当をしていた時、函館の映画祭でプロデューサーや監督を取材する機会があり、映画制作に関心を持つようになりました。結局、2000年の春に退職し、東京に戻ってフリーで映画制作を始めることとなりました。」

「台湾人生」監督の酒井充子さん「2002年6月から本格的に取材を始め、完成したのが2008年3月。実際に撮影したのは最後の3年間で、最初は自分でカメラを回していたんですが、文化庁の助成金をもらえることになり、途中からプロのカメラマンにお願いしました。」

作品に出てくる5人を選ばれた理由については―

「約50人の方に取材して、うち20~30人にカメラを向けました。最終的にこの5人に登場してもらうこととなりましたが、きっかけは偶然出会ったり、知人を通じてお会いしたり、様々でした。日本兵として従軍された経験のある方、台湾の原住民の方、毎年、担任だった先生のお墓参りに千葉までやってくる方、日本の軍国教育に影響を受けた勝気な女性、台湾の大地に足をつけて働いてきた方など、様々な背景を持った方を取り上げるようにしました。」

撮影時間や編集作業については―

「のべ80~100時間カメラをまわしました。編集は大変苦労しましたが、プロデューサーのもと、編集担当の方にもお願いしました。5人が語ってくれたことをそのまま伝えることを大事にして編集しました。」

次の作品については―

「同じ台湾を舞台に、今度は日本語世代のおじいちゃんおばあちゃんではなく、若い世代にカメラを向け、彼らがどう考え、台湾をどうしていきたいのかを聞いて見たいと考えてます。」

日本でもそうですが、台湾の若い世代に歴史がうまく受け継がれていかない現状に、酒井監督は強い懸念を持たれていて、この作品を通じて、是非台湾のことを広く知ってもらいたいと最後におっしゃっていました。

トーク後に伺った話ですが、この映画のタイトルはもともと『台湾人生』ではなかったそうです!当初は、台湾をそぞろ歩いて行くという意味で『逍遥日記』とされていたそうですが、日本では「坪内逍遥」を連想させるという意見が多かったため、台湾という国、そこに住む人々の人生を一人でも多くの人に伝えるため、現在のタイトルにされたそうです。

当日は、ちょうど前日に出来上がった未公開の特典映像とミニパンフレットが付いたDVDを持ってきて頂きました(3月26日から発売開始だそうです)。また、酒井監督が書かれた「台湾人生 かつて日本人だった人たちを訪ねて」が4月に出版されるそうです!上映自体も4月以降、東京、川崎でも予定されていますので、未見の方は是非そちらに足をお運びください。今後の上映情報等については、以下のURLでご確認ください。
「台湾人生」公式サイト

次回4月10日(土)のVol.14 『フツーの仕事がしたい』 では、監督の土屋トカチさんが各回ともに来場予定です。みなさまのご来場お待ちしております!!

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